名古屋地方裁判所 昭和34年(わ)649号 判決 1962年7月07日
本籍 岐阜県養老郡上石津村大字一之瀬五二二番地
住居 滋賀県長浜市永保町三九番地
国鉄労働組合名古屋地方本部委員長 後藤俊男
明治四五年一月一八日生
本籍 名古屋市中村区熊野町二丁目五番地
住居 右同所
国鉄労働組合名古屋地方本部書記長 岩瀬幸男
大正一〇年一一月二三日生
本籍 山口県大島郡大島町大字小松一、二〇五番地
住居 山口県大島郡大島町大字小松北町二丁目一二〇五番地
国鉄労働組合役員 藤本邦春
大正一四年三月一五日生
本籍 愛知県稲沢市下津町北丹波七一番地の一
住居 右同所
国鉄労働組合役員 足立昌己
大正五年一月二九日生
被告人後藤俊男に対する建造物侵入、監禁、威力業務妨害、被告人岩瀬幸男に対する建造物侵入、公務執行妨害、被告人藤本邦春、同足立昌己に対する威力業務妨害各被告事件について、当裁判所は、検察官検事鈴木芳朗出席の上審理を遂げ次のとおり判決する。
主文
被告人後藤俊男、同岩瀬幸男を各懲役六月に、被告人藤本邦春、同足立昌己を各懲役三月に処する。
但し、被告人後藤俊男、同岩瀬幸男、同藤本邦春、同足立昌己に対しいずれも本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、証人山田広一、同飯田照行、同鈴木栄一、同近藤兼雄、同水谷行夫、同水野春夫、同松宮寅生、同中西正二、同筑山徹、同杉浦芳三、同宮田富夫、同河合啓三、同瀬古正己、同大矢博、同浅田広治、同長江桂、同柘植鋳造に支給した分は被告人後藤俊男の負担とし、証人北村直一、同中村秀一、同山口保、同恒川正春、同榊原義之、同阪野鉦一、同間瀬重一、同浅井好三、同野口稔、同酒井一三、同後藤正に支給した分は被告人岩瀬幸男の負担とし、証人船坂和代、同関利行に支給した分は被告人後藤俊男、同幸岩瀬男の連帯負担とし、証人広瀬安治、同梅田忍、同大宮儀一、同多賀玉季、同浅岡太一、同坪内三郎、同中西鼎、同村田己之助、同小栗兼市、同松尾善吉、同林定雄、同久留宮清春、同大西憲次、同佐藤敏夫、同若森鶴男、同福手峯雄、同堀吉和に支給した分は被告人藤本邦春、同足立昌己の連帯負担とし、証人吉田忠、同田中恭一、同野々山一三、同寺門博、同新井勝美、同吉川経夫に支給した分は被告人後藤俊男、同岩瀬幸男、同足立昌己、同藤本邦春の連帯負担とする。
理由
(被告人等の経歴及び本件発生に至る経過)
被告人後藤俊男、同岩瀬幸男、同足立昌己、同藤本邦春は、いずれも日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)の職員で、被告人後藤は昭和二六年一月から、被告人岩瀬は同二八年八月から、被告人足立は同三一年一〇月から、被告人藤本は同三〇年九月から、それぞれ国鉄労働組合(以下国労と略称する。)の専従者となつていたものである。昭和三三年一〇月八日、政府は、警察官等職務執行法(以下警職法と略称する。)の改正法律案を開会中の国会に提出したが、これに対し、右警職法改正法律案の内容に徴しもし右改正が実現した場合には国民の基本的人権が侵害される惧があるとして、政界、言論界、学界その他、国民各層の間に広範な批判的ないし反対気運が起り、日本労働組合総評議会、全日本労働組合会議その他労働、文化、婦人等の各種団体は、警職法改定反対国民会議を結成し、統一的な反対運動を展開した。国労も、警職法に対する右改正が実現した暁には労働者の権利が侵害され、労働運動に抑圧が加えられるものとして警職法改定反対国民会議に参加し、中央闘争委員会の指揮下に反対運動を行なつていたが、警職法改定反対国民会議傘下の各労働組合が、警職法改正反対の第四次統一行動として同年一一月五日を期し一斉に抗議行動実施方を決定するや、国労も右統一行動に加わることになり、同年一〇月下旬、中央闘争委員会より各地方本部に宛て、警職法改正に対する反対、抗議を主目的とし、附随的に賃銀改正に対する仲裁委員会の仲裁裁定の完全実施及び年末手当に関する要求をも含め、抗議の意思表示のため、同年一一月五日勤務時間内三時間の職場集会を開くべきことを指令した。当時、被告人後藤は国労名古屋地方本部執行委員長、被告人岩瀬は同地方本部書記長、同足立は同地方本部執行委員、被告人藤本は国労中央執行委員の地位に在つたが、国労名古屋地方本部においても、同三三年一〇月上旬地方委員会において、警職法改正に対する反対闘争を行なうことを決議し、当時、愛知県地方における警職法改正反対組織として設けられていた警職法改定反対愛知県共闘会議に加入し、街頭宣伝等による反対運動を行なつていたところ、同年一〇月下旬、国労中央闘争委員会より第四次統一行動実施に関する前記指令を受けるや、同地方本部地方執行委員会は、右指令実施のため、被告人後藤、同岩瀬外二名の戦術委員により闘争拠点として指定された名古屋、笹島、多治見、大井、中津川の五地区において、警職法改正反対を主目的とし、附随的に仲裁裁定の完全実施及び年末手当に関する要求をも含めた闘争目的のため、一一月五日午前〇時から翌六日午前〇時までの間に勤務時間内三時間の職場集会を開くこと、その実施時刻等方法の詳細は戦術委員において決定すべきことを決議し、下部組織にその旨指令を発した。しかして、被告人後藤は名古屋地区の、被告人岩瀬は笹島地区の、被告人足立及び名古屋地方本部の闘争指導のため中央本部から派遣されて来ていた被告人藤本は多治見地区の、各闘争指導を担当することになつた。然るに、同年一一月四日夜に至り、名古屋の国鉄当局が、国労の企図する右職場集会は公共企業体等労働関係法違反の違法行為であるとの見解から、その管理権に基づき、国労側が名古屋地区の職場集会の会場に予定していた国鉄名古屋駅第一会議室を閉鎖し、同駅第一、第二各信号扱所に相当数の鉄道公安職員を派遣して警戒に当らせ、女子組合員が電話交換手として勤務する名古屋電務区の扉を閉鎖し外部からの立入を制限する等の諸措置を講じた結果、名古屋、笹島両地区においては予定された勤務時間内の職場集会を開くことが困難な情勢になつたところから、被告人後藤、同岩瀬等戦術委員及び役員は、同夜深更急遽戦術委員会を開き、闘争計画の一部を変更し、予定された名古屋、笹島両地区の職場集会は中止するが、既定の闘争目的に加え、国鉄当局の右諸措置に対し労働組合に対する不当な弾圧に該るものとして抗議する目的をも含めて、名古屋地区及びかねて闘争の準備地区として指定されていた大府、稲沢両地区において強力な抗議行動を実施することを決定した。
(罪となるべき事実)
第一、被告人後藤俊男は、名古屋地区の右闘争責任者として前記抗議行動実施のため昭和三三年一一月五日未明、闘争に動員された国労組合員百数十名を指揮して名古屋市中村区笹島町国鉄名古屋駅構内第二信号扱所に入ろうとしたが、同所を警備する鉄道公安職員のため阻止され被告人後藤一人の立入が認められたのみで他の組合員は立ち入ることができなかつたところから、同所を去つて同駅構内の名古屋機関区上り燃料掛詰所付近にさし掛つた際、第一〇列車(名古屋駅午前四時四四分発東海道本線東京行特急列車はやぶさ)の乗務員である国鉄機関車労働組合所属の国鉄名古屋機関区電気機関士山田広一(大正一四年八月二一日生)、同機関区電気機関助士飯田照行(昭和四年一〇月一五日生)の両名が、第一〇列車の名古屋到着を待つてこれに乗り込むため、待合せ場所に当てられている右上り燃料掛詰所に入つたのを認め、同詰所で抗議集会開催の名の下に、右両名に対し第一〇列車の出発を遅延させるため同列車への乗車を暫時遅らしてくれるよう説得し、もし右両名が応じないときは、動員された多数の国労組合員の威力を以て右両名を同詰所内に抑留監禁して乗務を妨げ、同列車の出発を遅延させ、以つて抗議の意思を表明して闘争の効果を揚げようと企て、同日午前四時三四分頃、名古屋機関区長水野政明管理に係る同詰所内に不法に侵入し、上り第一〇列車を待ち合わせて待機中の右飯田、山田の両名に対し、警職法改正反対闘争のためここで暫く第一〇列車を止めたいから協力して欲しい旨説得したが、右両名が説得に応じないのを見てとるや、被告人後藤に続いて同詰所内に侵入し来つた指揮下の国労組合員約四〇名ないし五〇名位及び被告人後藤の後を追つて同詰所周辺に集まり周囲を取り巻いた指揮下の国労組合員約一二〇名ないし一三〇名位と意思相通じて、右飯田、山田の両名をして同詰所内から脱出することを不能ならしめ右両名が第一〇列車に乗務することを妨げようと共謀し、同詰所内に侵入し来つた右約四〇名ないし五〇名位の組合員は右両名の周囲に人垣を作り、同詰所の周囲を取り巻いた右約一二〇名ないし一三〇名位の組合員は詰所の周囲に人垣を以つていわゆるピケラインを形成し、右飯田、山田の両名が口頭又は動作で詰所外に出してくれるよう要求し、脱出を試みたのに拘らず、同日午前五時一八分頃まで、人垣を以つて右両名の脱出を阻止して右両名を同詰所内に監禁し、その間右両名をして折柄名古屋駅に到着した第一〇列車に乗務することを不能ならしめ、同列車の名古屋駅発車を定時より約三五分遅延させ、以つて、威力を用い国鉄の列車運行業務を妨害し、
第二、被告人岩瀬幸男は、昭和三三年一一月五日未明、前記戦術委員会の決定に従い大府駅に赴いて抗議行動を実施するため、当時闘争に備えて動員されていた浅井好三等二〇名余りの国労組合員を指揮し、タクシー五台に分乗して名古屋市より愛知県知多郡大府町国鉄大府駅に向つたところ、その途中で、右タクシー中三台が遅れ、被告人岩瀬は、同日午前四時少し前頃、右浅井等一〇名余りの国労組合員と共に大府駅に到着したが、右一〇名余りの国労組合員と共謀の上、同駅構内の第二信号扱所に侵入して勤務中の信号掛に対し抗議行動参加の名の下に信号操作の業務を中止してくれるよう説得しもし応じないときは強制的手段を用いてでも信号操作の業務を妨げ、以つて抗議の意思を表明して闘争の効果を揚げようと企て、直ちに、右一〇名余りの組合員を指揮して大府駅長北村直一の管理に係る同駅第二信号扱所に不法に侵入し、同所内で勤務中の同駅信号掛間瀬重一(明治四五年二月五日生)が、その頃東海道上り本線より同駅構内武豊線に進入し来る筈の第四〇八二列車(単行機関車)の到着を待ち同列車が武豊線に進入したならば直ちに東海道上り本線を開通し、且つ、後続列車の武豊線に対する異線進入を防ぐために必要な信号機及び転轍機の一連の操作をする目的で、同信号扱所内西側に設けられた信号機及び転轍機の連動装置の前方に立つているのを認めるや、右一〇名余りの組合員と共に右間瀬の周囲を半ば取り巻き、被告人岩瀬は間瀬の前面に立ち塞がり、同人に対し警職法改正及び国鉄当局の措置に対する抗議行動に協力して欲しい旨申し向け、折柄右第四〇八二列車が到着したため右所定の信号操作の着手として先ず連動装置の第二〇四号電動挺子の操作に取り掛ろうとしていた同人の左腕を掴み同人が第二〇四号の挫子を扱わねば困る旨申し述べ右挺子を扱おうとしてもがくのに拘らず、左腕を掴んだまま繰り返し協力して欲しい旨申し向けて挺子操作を妨げ、更に、同人の周囲を半ば取り巻いていた組合員において間瀬の身体を押して同人を同信号扱所西北隅の休養室内に押し込み、以つて、同人の公務の執行を妨害し、
第三、被告人足立昌己、同藤本邦春は、国労名古屋地方本部地方執行委員会の前記決定に従い、多治見地区における国労の警職法改正反対闘争を指導するため、岐阜県多治見市国鉄多治見駅北側の国鉄多治見機関区に赴き、現地の国労役員と協議し他地区とも連絡の上、昭和三三年一一月五日午前四時から午前七時まで三時間の勤務時間内職場集会を開催することを決定し、予定どおり、同日午前四時を期して同機関区に隣接する国鉄多治見駅職員集会所において職場集会を開催し、自らは、同機関区構内の車庫前付近等を見廻り、指揮下の国労組合員が同機関区の出勤者に対して始めた職場集会参加の説得活動その他闘争状況の監督に当つていたところ、同日午前四時過頃から、組合員約五〇名が説得活動の名の下に機関区車庫前の軌道上に群がり、多治見駅同日午前五時一七分発美濃太田行第四一一列車編成のため同機関区南方の多治見駅との境界に当る駅区境界線へ向け車庫を出庫しようとしていた汽動車五輛の進行ができなくなつたため、同機関区当局においては同列車編成の応急策として、同日午前五時二二分頃、同機関区機関士広瀬安治をして同車庫西北側に接する洗滌線(庫七番)に在つた汽動車二輛を駅区境界線まで運転させ、次いで、同日午前五時二四分頃、車庫前方の庫二番線にあつた汽動車二輛を駅区境界線へ進行させ、広瀬機関士の運転する右二輛の後部に連結して第四一一列車の編成を終え、同列車の誘導を担当する同機関区転轍手梅田忍も現場に到着して同列車に乗車し、同日午前五時二八分頃までには同列車は駅区境界線より多治見駅ホームへ向け進行を開始する準備を終えたのであるが、被告人藤本は、これに先立つて、午前五時二四分頃、庫二番線に在つた右二輛の汽動車が駅区境界線へ向け進行を開始したのを認めるや、右汽車により編成される第四一一列車の進行を阻止するため咄嗟に右汽動車の後を追つて走り、これを見た被告人足立も居合わせた福手峯雄等一〇名位の国労組合員と共に被告人藤本の後を追い、それぞれ駅区境界線付近に赴き、ここに被告人足立、同藤本は右一〇名位の組合員と共謀の上、第四一一列車の前面に立ち塞り、その進行を阻止して闘争の効果を揚げようと企て、右一〇名位の組合員と共に同所に停車中の同列車の進路前方約二米位の軌道上に立ち塞り、スクラムを組み労働歌を歌うなどして気勢を揚げ、その場に駈けつけた多治見機関区長浅岡太一等より軌道上から退去するよう要求されながらこれに応ぜず、午前五時二八分頃より、午前五時四五分頃右浅岡等国鉄当局側管理者及び鉄道公安職員によつて軌道外に押し出されるまでの間約一七分間にわたり、右軌道上に立ち塞つて第四一一列車の進行を阻止し、以つて、威力を用いて国鉄の列車進行業務を妨害し
たものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(法令の適用)
被告人後藤俊男の判示第一の所為中、建造物侵入の点は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、監禁の点は刑法第二二〇条第一項、第六〇条に、威力業務妨害の点は刑法第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六〇条に該当するところ、右建造物侵入と監禁、右建造物侵入と威力業務妨害の間にはそれぞれ手段結果の関係があり、且つ、右監禁と威力業務妨害は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項後段、前段、第一〇条によりもつとも重い山田広一に対して犯された監禁罪の刑に従い、被告人岩瀬幸男の判示第二の所為中、建造物侵入の点は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六〇条に、公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項、第六〇条に該当するところ、右建造物侵入と公務執行妨害は手段結果の関係にある場合であるから、刑法第五四条第一項後段、第一〇条、刑法施行法第三条第三項により犯情の重い公務執行妨害罪の懲役刑に従い各処断する。また、被告人足立昌己、同藤本邦春の判示第三の所為は刑法第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六〇条に該当する。そこで犯情について検討するのに本件犯行当時、政府が国会に提出中の警職法改正法律案の内容及びその審議経過を廻つて右改正案を批判しこれに反対する世論が高まつていた社会情勢及び労働組合幹部としての被告人等の立場等を考慮すれば、被告人等の本件犯行の動機には酌むべきものがあり、また、犯行の程度、態様も特段に悪質執拗とは認められず犯行の結果列車の遅延は生じたものの未だ危険な事故を惹起する程の事態には立ち至らなかつた点も斟酌さるべきであるが、他面国鉄職員は公労法により争議行為を禁止されていること、本件犯行は態様において一見軽微であつても極めて公共性の高い国鉄の列車運行業務を混乱させ、一般乗客に不測の迷惑を蒙らせる性質のものであり、現に相当程度の列車遅延を惹起していることを軽視することはできない。よつて、本件犯行における被告人等の地位、役割、犯行の動機、態様、国鉄の列車運行業務に及ぼした影響その他諸般の事情を考慮し、被告人後藤、同岩瀬を所定刑期範囲内で各懲役六月に、被告人足立、同藤本については所定刑中懲役刑を選択した上各懲役三月に処し、被告人全員に対し情状により刑法第二五条第一項を適用していずれも本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条により主文第三項記載のとおり被告人等に負担させることとする。
(弁護人及び被告人等の主張に対する判断)
各弁護人は、いわゆる政治ストと称されるものは、目的及び手段の二点において政治闘争ストと抗議ストとに区別され、後者は使用者に対する私法的関係においていかに評価されるかは別として、憲法上及び刑法上は完全に合法性を有するものと解さるべきところ、被告人等が本件当時行なつた抗議行動及びこれに関する説得活動は、その最も重要な目的が、政府提案の警職法改定案が国民の基本的人権、特に労働権を侵害するものであるが故に、民主主義憲法秩序を守るべく同法案に反対の意思表明を行ない、且つ議会主義のルール違反への抗議をするためであつたこと、その方法も無期限というようなものではなく、勤務時間中の短時間の職場大会という最小限度の方法で行なわれた労務提供拒否で、そのことは国民に対し事前に広く予告されていたこと、以上の二点において、既に、政治闘争ストと区別された抗議ストに属することが明らかであり、更に加えて、第一に、本件職場集会、抗議行動の行なわれた当時は、政府与党の、国会のルールを踏みにじる抜打的な国会会期の延長決議により、野党は国会へ出席せず、国会は一時完全に機能を停止する状態にあつたものであり、第二に、当時警職法改定案に対しては、極く一部の政治家、資本家を除く国民各層が強く反対を唱導していたのであつて、およそ民主主義は議会万能主義ではなく、本件警職法改定反対闘争の行なわれた際の如き危機的状況の下では、被治者たる国民が危機の原因を作つた政府に対し強い抗議を行なうこと(労働者として社会に訴え得る唯一の方法はストを伴う示威である。)は、国会に本来の機能を復元させるためもつとも必要なことであるから、本件については、単に微視的な事実を追うに止まらず、右の如き社会的事実及び社会的理念も判断さるべきであり、かかる視点から見れば、本件抗議闘争は、その目的、手段及びそれを必然ならしめた社会的諸事実からしてまさに抗議ストの典型として完全に合法性を備えるものと言うべきである。次に、検察官は、本件職場大会が公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する。)第一七条に違反する以上これに附随する被告人等の説得行為も直ちに違法であるとするが、本件における抗議ストの正当性は直接憲法第二八条に基づくものであり且つ本件において問題となるのは刑法上の違法性の有無であるから被告人等の所為が公労法に違反するか否かの議論は無意味であるのみならず、公労法上の違法性は相対的なものであり、公労法上違法とされる行為は公労法に設けられた制裁規定の適用を受けるにとどまり直ちに刑事上民事上違法とされるものではなく、公労法第一七条第一項の禁止規定は同法第一八条による解雇という法律効果のみを予定し明文で限定しているのであるから、本件闘争が公労法第一七条に違反するからといつて直ちに刑事上も違法とすることはできないのであつて私鉄等の一般の労働組合の行なう争議行為と同程度のものである限りは刑事免責の適用は排除されない旨主張するので、以下右主張について検討する。
憲法は、第二八条において労働者の団結権、団体交渉権、団体行動権を保障しているが、一方においては、私有財産制度を前提とし、使用者を含むすべての国民に対し、自由権、財産権等の基本的人権を保障しているのであつて労働者の右諸権利に絶対的優位を与えているのではなく、労働者の諸権利と使用者を含む一般国民の基本的人権との調和を図つていることが明らかである。しかして、現下の民主主義政治態勢の下においては、労働者が、労働者の権利、地位の維持、向上に関りを持つ事項について政治上、立法上の主張、要求を国政に反映せしめるためには、一般国民としての参政権や表現の自由により広く道が開かれているのである。このような事情を考えれば、憲法第二八条の趣旨は、個々的には使用者に比し著しく弱い立場にある労働者をして労働条件等使用者に対する主張、要求事項に関して使用者と交渉するに際し使用者と対等の立場で交渉できるよう労使の力の均衡を図つたものと解すべきであり、同条の保障する労働者の団体行動も労働者が使用者と右交渉をなすについて労働者の立場を補強し有利ならしめるために行なわれるものを意味し、使用者に対する主張、要求を内容とせず、使用者において処理し得ないような、政府に対する政治上、立法上の主張、要求を内容として争議行為をすることは、具体的な目的及び程度方法の如何を問わず憲法第二八条の保障する団体行動権の中に含まれないと解すべきであり、弁護人の主張するように、いわゆる政治ストを目的及び程度方法により政治闘争ストと抗議ストとに区別し後者については憲法第二八条の保障が失われないものとする所論には賛成することができない。しかして、右の理は、労働組合法第一条第二項所定の刑事免責の適用を受くべき行為の範囲の解釈についても同様と解せられるから、使用者に対する主張、要求を内容とせず、使用者において処理し得ないような、政府に対する政治上、立法上の主張、要求を内容として争議行為がなされ、当該行為が刑罰法令の刑罰構成要件に該当した場合には使用者に対する主張、要求を廻つてなされた一般の争議行為(暴力の行使の場合を除く)のように当然に正当な争議行為として刑事免責を主張することはできないものと解するのが正当である。当該争議行為について、目的、手段その他当該争議行為がなされるに至つた社会的情勢につき、弁護人の主張するような事情が存するということは、後述する如く超法規的違法阻却理由としての正当行為に該当するか否かの判断について考慮さるべきではあるが、当該争議行為が憲法、労働組合法によつて保障された団体行動権の行使に該るか否かについての判断を左右するものではない。なお、本件犯行当時国労中央闘争委員会より各地方本部に宛てて発せられた闘争指令には、闘争目的として警職法改正反対の外、年末手当の支給及び仲裁裁定の完全実施に関する要求も掲げられていたことが認められるが、証人野々山一三、同田中恭一及び被告人後藤俊男の各供述するところによれば、国労が第四次統一行動に参加し勤務時間内三時間の職場集会を計画するに至つた目的は警職法改正反対を主眼とするもので、年末手当や仲裁裁定の完全実施に関する要求は附随的な事項に過ぎず、警職法改正反対という主要目的に比しその比重は著しく小さかつたものと認められるから、形式的に警職法改正反対の外にも右の如き諸要求が掲げられているからといつて、被告人等の行為を使用者に対する主張、要求を廻つてなされる一般の争議行為と同一視することは許されず、本件各行為は警職法改正という政治的主張を目的とする争議行為の一環としてなされたものとして評価すべきである。従つて、本件各行為については争議行為であることを理由として直ちに労働組合法第一条第二項の適用により違法性を有しないものとすることはできないのである。
加えるに、被告人等の本件各行為が警職法改正反対を目的とする争議行為の一環として行なわれたものであるにせよ、公共企業体たる国鉄の職員が争議行為をすることは公労法第一七条に違反する。公労法第一七条は、その文理及び立法趣旨からして単に公労法第一八条の前提条件たる意義を有するだけのものではなく、公共企業体等の職員の争議行為が性質上国民経済及び国民生活に広範深刻な支障を及ぼす惧があるところから、公共の福祉保持上公共企業体等の職員に対し争議行為をしてはならないという争議禁止の義務を課し、公共企業体等の職員の争議行為をすることに対する否定的価値評価を示したものであることは明白であり、公共企業体等の国民経済及び国民生活に対して有する重要性に鑑みその職員が労働運動につき争議行為禁止の制限を受けることは憲法第二八条に違反するものでないから、結局、現下の法制においては公共企業体たる国鉄の職員は争議行為を禁止され争議権を有しないものとする外はない。公労法上同法第一七条違反に対する処罰規定が設けられていないことは、同条違反の行為といえどそれのみでは未だ反社会性、反倫理性の点において処罰に値しないとされていることを示すに過ぎないと解されるし、また公労法第三条において公共企業体の職員に関する労働組合並びに労働関係及びその調整について労働組合法第一条第二項の刑事免責規定の適用が排除されていないことが明らかであるが、公共企業体の職員についても、団体交渉及び公労法第一七条に違反しない限りの団体行動は禁止されていないのであるから、団体行動及び右の如き団体行動に関する限りなお労働組合法第一条第二項の刑事免責の適用を排除すべきでないことは当然であり、更に、労働組合法第一条第二項において刑事免責を認められる労働組合や労働者の行為は正当なものに限られることは右条項の明文上明らかであるところ、公共企業体の職員の如く争議権を有しない者の争議行為がなお右条項に言う正当なものに該当するや否やがそもそも吟味さるべき問題点をなすのであるから、公労法の文理に関する右の諸点を根拠として公共企業体の職員が公労法第一七条に拘らず、なお争議権を失わずその争議行為が労働組合法第一条第二項により正当行為として違法性を有しないものと断定することはできない。一般論としては或る法令において違法とされる行為が当然に他の法令においても違法となるものではなく違法性の評価がそれぞれの法令によつて異る余地のあることは否定されないが、刑法上の違法性なるものは、窮極において全体としての法律秩序及びその精神即ち法律秩序の基礎をなす社会倫理的規範に照らして評価さるべきであるから、刑法上の違法性の有無を判断するについては、当該行為に対し法律秩序及びその基礎をなす社会倫理的規範の側からする一切の評価をも綜合考慮すべきであつて、これを無視することは正当でない。しかして、前述の如く、公労法は、公共企業体の職員の争議行為に対しては国民経済及び国民生活に広範、深刻な支障を及ぼす惧があるところからこれに否定的価値評価を下して一切禁止し、公共企業体の職員は一切争議権を有しない状態にあるのであつて、かかる事情は、争議権もあり争議行為をすること自体は保障されているが、たまたま具体的に争議行為をなすに当つての手続や制度において比較的軽微且つ部分的な法令違反があつたような場合とは質を異にし、刑法上の違法性の評価においても重要な要素をなし、到底無視し得ないところであり、右の如き立場にある公共企業体の職員の争議行為については、それが刑法上の刑罰構成要件に該当する場合には、もはや、争議行為であることを理由に直ちに正当行為に該るものとすることはできず、労働組合法第一条第二項の適用はなく、他に相当の事情がない限り違法性を阻却されないものと解すべきである。
従つて、この点に関する弁護人の主張は採用することができない。但し、公共企業体の職員の争議行為が刑法上の刑罰構成要件に該当する場合、右の理由で、争議行為であることを理由として直ちに正当行為とすることはできないにせよ、当該行為が労働者の争議行為としてなされたものであるという点は、当該行為に対する刑法上の違法性の判断においてもなお考慮さるべき一の事情たるを失わず、謂わば、当該行為を正当行為たらしめる正当化機能が全く失われたわけではないと解せられるから、当該行為についての他の諸事情をも綜合して、当該行為について超法規的違法阻却事由たる正当行為として違法性を阻却さるべき相当の事情がないか否かを更に慎重に検討すべきである。
そこで更に、被告人等の本件各所為につき超法規的違法阻却事由たる正当行法に該るものとして違法性を阻却すべき理由が有るか否かについて検討する。刑法その他の刑罰構成要件に該当する行為が超法規的違法阻却事由たる正当行為に該るものとして違法性を阻却さるべき基準としては、当該行為が動機、目的において正当であり、その手段、方法が、動機、目的及び当時の状況に応じて相当であり、かかる行為に出ることが、当時の状況上緊急真に已むを得ないと認められ、当該行為により保全される法益が、当該行為により侵害される法益に比して相当優越し、そのため、当該行為が、法律秩序の精神に照らし是認され、実質的に法律秩序に反しないと認められることを要すると解すべきである。そこで、右基準に照らして被告人等の各所為を検討するのに、被告人等が本件各所為に出るに至つた窮極の動機、目的は、政府提出に係る警職法改正案に対する反対、抗議であるが、労働組合の立場として、我国の過去の労働運動の歴史及び右改正案の内容を顧慮し、改正案に反対しその意思表示をすることは一理あることで何等批難されることではない。しかし、右改正案は、内容そのものが直ちに国民の基本的人権や労働運動の弾圧を規定しているわけではなく、内容の当否得失については、なお、論議、研究の余地があるもので、右警職法改正案の成立、適用が直ちに基本的人権や労働運動の弾圧に結びつくような、憲法の基本的人権の原理を無視した論議無用の弾圧法令に属するものではない。仮りに右改正案が成立した後においても、更に、その改廃を目指して運動し或いは濫用防止のためその運用を監視する等の途が残されているのである。然らばこれに対する反対運動の方法にも自ら限度があるべきであつて、反対運動として通常適法とされる限度を越えるような手段を採ることは許されないと解すべきである、また、昭和三三年一一月四日、国会において与党の自由民主党によりいわゆる国会会期の抜打延長が行なわれ議事に混乱が起きた事実は認められるが、そのために、国会、内閣等憲法に基づく国の政治機構が麻痺、崩壊し、民主主義政治制度が危殆に瀕するといつた非常事態が起きたわけではないから、この点も抗議のため非常手段を採ることを是認すべき理由とはならない。なお、弁護人は、被告人後藤の本件所為につきそれが実質的違法性を欠く一理由として、被告人後藤の行動は、警職法改正反対の本来の目的に加えて当時国労が中央闘争委員会の指令に基づき警職法改正反対闘争として職場集会の開催を計画したのに対し、名古屋の国鉄当局より各種の違法不当な弾圧を加えられ指令に則る組合活動の完全な実施が著しく困難となつたことに対する抗議の目的も含めての必要最小限度の抗議行動としてなされたものであることを主張する。当公廷で取調べた証拠によれば、国鉄当局側が、昭和三三年一一月四日夜、国労側により名古屋地区の職場集会の会場として予定されていた名古屋駅第一会議室を管理権に基づき閉鎖し、女子組合員が電話交換手として勤務する名古屋電務区の扉を閉鎖して外部からの立入を制限し、名古屋駅第一、第二各信号扱所に相当数の鉄道公安職員を派遣し、第二信号扱所においては内部から扉に施錠をもなし、警備に当らせたこと、当時、国鉄当局側に属する助役等上司の者の中に、組合員に対し、職場集会に参加しないように警告し、或いは、国労からの脱退届を書いたらどうかと言つたりした者のあつたことは認めることができる。しかしながら、国労の企てた勤務時間内三時間の職場集会は、当然に勤務者の職務放棄を前提とするものとして公労法第一七条に違反する疑の濃いものであるから、列車の正常運行を極力確保すべき責務を有する国鉄当局が、右職場集会が公労法違反であるとの見解に立つて、右職場集会の開催及びこれを口実とする職員の連れ出しに対する対応策として、右の如く、名古屋駅第一会議室や電務区の扉を閉鎖し、第一、第二各信号扱所に相当数の鉄道公安職員を派遣し、以つて、外部の国労組合員の立入を制限し、勤務中の国労組合員たる職員に右職場集会に参加しないよう警告したことは已むを得ない措置と言うべきである。しかして、国鉄当局が右措置を採つた際電務区及び第一、第二各信号扱所に勤務中の組合員に対しその意思に反して外部に出ることを妨げ強制的に抑留したというような人権侵害にわたる事実の存在は認められない。もつとも、当時の第二信号扱所における状況によれば、当局側の採つた態度が、勤務中の組合員の自由意思に対する或程度の圧力として作用したことは否定できず、また、組合員たる職員に対し当局側の上司が国労脱退を勧めたりすることは、事情の如何によつては労働組合に対する不当労働行為に該る疑のあるものであるから、国労側として国鉄当局に対しこの点を訊し、抗議を申し込むことは理由があるが、さればと言つて、抗議の暇もなく、抗議が無意味であるような緊急非常の事態が起きていたのではないから、国鉄当局に対する抗議を名として通常違法とされるような非常手段を採ることを肯定すべき理由はない。次に、手段、方法の点について検討するのに、被告人等の各所為は、乗務のため待機中の機関士、機関助士を詰所内に抑留し(判示第一)、信号機を操作しようとしていた信号掛に暴力を加えて休養室内に押し込み(判示第二)、列車の進路に立ち塞つてその進行を妨げる(判示第三)といつた行為の態様から明白なように、いずれも平和的説得の限界を越える積極的な実力の行使であり、仮りに政治上の主張についてなされたしかも公労法に違反する争議行為であるという点を捨象して考えても、労働組合法第一条第二項但書の趣旨に照らし、一般に争議行為として是認された範囲を越え、正当な争議行為と認めることの困難な種類に属する。しかして、前示の如く、当時警職法改正反対及び国鉄当局に対する抗議の目的のためであつても通常違法とされるような非常手段を採らねばならない緊急已むを得ない事情はなかつたことを考え併わせれば、被告人等の所為は、手段として相当性、緊急性を欠くものと言わなければならない。更に、被告人等が本件犯行により保全しようとした法益と本件犯行により侵害された法益とを対比するに、実力行使の直接の対象となつた機関士、信号掛等の身体の自由に加えられた侵害及び国鉄の業務に加えられた妨害結果は決して些細なものとは言えないのに対し、被告人等が警職法改正反対の目的として掲げている労働者の権利も含めた国民の基本的人権の貴重なことは論を要しないものの、当時の状況が警職法改正案の成立により直ちに国民の基本的人権が侵害され労働運動が抑圧されるという切迫した状態にあつたものでないことは前示のとおりであるから、右各法益の比較においていずれが優越するやも俄かに断じ難いところである。然らば、被告人等の本件各所為は、前記の諸点に照らし、その動機目的、それが争議行為の一環として行なわれたことその他一切の事情を十分考慮しても、なお、法律秩序の精神に照らし是認され実質的に法律秩序に反しないものと言うことはできず、正当行為として違法性を阻却さるべきものには該らないと解すべきであるから、弁護人の右主張は理由がない。
なお被告人後藤、同足立、同藤本は、被告人等の本件各所為は政府が警職法を改正することによつて不法に労働者の権利を弾圧しようとしていることに対し労働者の権利を擁護するため已むことを得ずして行なつたものであるから、正当防衛行為である旨主張するが、政府による前記警職法改正案の提出が労働者の権利に対する急迫不正の侵害に該当するものでないことは警職法改正案の提出の持つ意義について前示したところにより明白であるから右主張は理由がない。
次に、被告人後藤、同岩瀬の各弁護人は、被告人後藤の判示上り燃料掛詰所に対する侵入行為及び被告人岩瀬の判示大府駅第二信号扱所に対する侵入行為について、被告人等の立入行為は正当な組合活動であつて労働組合法第一条第二項、刑法第三五条により無罪である。およそ、労働組合の正当な活動としてなされる立入行為についてはたとえ建物の管理権を理由としてでもこれを妨げることは許されず、本件の名古屋駅上り燃料掛詰所及び大府駅第二信号扱所の如く平素から労働組合活動のための立入慣行が認められていた箇所について労働争議の起つた場合のみ組合員の立入を禁止することは権利濫用として許されない。右各建物の如きは一般市民の住居とは法律的に質を異にし、国鉄職員やその関係者が平素自由に出入し利用する慣行があつたもので、かかる建物につき、警職法改正反対という組合の大きな闘争に際し組合役員が正当な目的の下に組合員説得のため相当な手段で平穏に立入行為をなし、そのために建物の平穏という法益が侵害されていない以上被告人等の立入行為は実質的違法性を欠き刑罰を科せらるべきものでない旨主張するので、この点について検討する。
証人水野政明、同北村直一の各供述記載によれば、被告人後藤、同岩瀬等が、右各建物に侵入した当時、右各建物の管理権者においては、業務上必要な用務を帯びていない者が、建物に立入ることを禁止する意思を有しており、被告人後藤、同岩瀬等の本件各侵入行為が右管理者の意思に反するものであつたことは明らかである。しかして、右各侵入行為は、既に判示したことから明らかなように、単に組合員に対する連絡、打合せや平和的方法による説得の如き正当な組合活動、正当な争議行為として許される範囲内の行為をなす目的のみで行なわれたのではなく、不法な実力を用いて職員の勤務を妨げようとする違法な目的で行なわれたものであるから、かかる違法の目的でなされる立入行為が建物の管理者により拒否されることは当然であつて何等権利濫用に該るものではなく、また、かかる違法の目的で、且つ、管理権者の意思に反してなされる侵入行為は争議行為としても正当な行為を逸脱し正当な争議行為と言うことができず、更に、立入の態様そのものについては暴力の行使もなく平穏であつたという点を考慮しても、立入の動機目的、立入後の行動その他一切の事情を綜合して考えれば、被告人後藤、同岩瀬等の本件侵入行為が超法規的違法阻却事由として実質的違法性を欠く行為であると言うことはできないから、この点に関する弁護人の主張も理由がない。
次に、弁護人は、国鉄及び国鉄の役員及び職員の法的性格及び刑法第七条、日本国有鉄道法第三四条第一項等の法意を論じて国鉄の役員及び職員の業務については業務妨害罪の適用はあつても公務執行妨害罪の適用はない旨主張するので、この点につき検討するのに、日本国有鉄道法第三四条第一項を、弁護人主張の如く国鉄の役員及び職員についてそれらの者が刑法その他の罰則の適用を受ける場合にそれらの者が公務員とみなされる趣旨を規定したものと解することには首肯すべき根拠がなく、日本国有鉄道法第三四条第一項、刑法第七条、第九五条第一項の文理及び国鉄が事業の合理的能率的運営を図るため国の機関たる地位を脱し公共企業体とされてはいるが、その事業は高度の公共的性格を有し国の強い統制を受け、国鉄の役員及び職員もその業務の公共的性格から公務員に近い取扱いを受けている事情を考えれば、およそ刑法の適用については、国鉄の役員及び職員は、自らが罰則の適用を受ける場合と否とに拘らず、刑法第七条の公務員とみなされ、その職務の執行については刑法第九五条第一項所定の公務執行妨害罪が成立し得ると解するのが正当であるから弁護人の右主張も理由がない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 赤間鎮雄 裁判官 高橋正之 裁判官 中田耕三)